それは、私が今の家に引っ越してきて、初めての夏のことでした。ある日の深夜、キッチンで水を飲もうと電気をつけた瞬間、私の平穏な日常は、一匹の黒い悪魔によって粉々に打ち砕かれました。ゴキブリです。それも、私の親指ほどもある、巨大な個体でした。パニックになった私は、その日から、市販されているあらゆるゴキブリ対策グッズを買い漁り、自らの手でこの家を聖域に戻すための、孤独な戦いを開始しました。毒餌を家の隅々に設置し、粘着トラップを仕掛け、侵入経路となりそうな隙間をテープで塞ぐ。考えうる限りの対策を講じました。しかし、私の努力をあざ笑うかのように、敵は毎晩のように姿を現しました。時には、寝室で。またある時には、入浴中の浴室で。私は次第に、家にいること自体がストレスとなり、夜、暗い部屋を歩くのが怖くなりました。精神的に追い詰められていたある朝、私は決定的な光景を目にしてしまいます。キッチンのコンロの裏の隙間に、黒い粒状のフンが、びっしりと付着していたのです。そして、その近くに、赤茶色をした、小さなゴキブリの幼虫が数匹うごめいているのを。もう、ダメだ。これは、私一人の手に負える問題ではない。家が、巣になっている。そう直感した瞬間、私の心は完全に折れました。私は震える手でスマートフォンを握りしめ、インターネットで検索した、地元の害虫駆除業者に、助けを求める電話をかけたのです。数日後、調査に来てくれたプロの担当者は、私が気づきもしなかった冷蔵庫の裏や、シンク下の配管の奥を指差し、「ここが発生源ですね。かなり大きな巣ができています」と、冷静に、しかし断言しました。その言葉に、私は不思議な安堵感を覚えました。ようやく、この長い戦いの終わりが見えた、と。後日、専門的な駆除作業が行われ、あれほど毎晩のように見ていた敵の姿は、嘘のようにぱったりと消えました。費用はかかりましたが、それと引き換えに手に入れた「安心して眠れる夜」は、何物にも代えがたいものでした。あの時、自分の限界を認め、プロに頼るという決断をした自分を、今でも褒めてあげたいと思っています。