数ある家の中から、なぜ、あなたの家の、あなたのクローゼットが、服を食べる虫たちの格好のターゲットになってしまったのでしょうか。その理由は、あなたが知らず知らずのうちに、彼らにとって最高のディナーと、最も快適な住処を、同時に提供してしまっているからかもしれません。服を食べる虫たちが、産卵場所を選ぶ際に最も重視する条件、それは「安全」と「食料」です。そして、多くの現代のクローゼットは、皮肉にも、この二つの条件を完璧に満たしてしまっているのです。まず、「安全」についてです。クローゼットは、基本的に扉が閉め切られており、暗く、空気の動きが少なく、人間の出入りも限られています。これは、光を嫌い、天敵から身を隠したい彼らにとって、安心して卵を産み、幼虫が誰にも邪魔されずに成長できる、まさに理想的な保育室となります。特に、シーズンオフの衣類が詰め込まれ、何ヶ月も開けられることのない衣装ケースの奥などは、彼らにとっての聖域（サンクチュアリ）です。次に、そして最も重要なのが「食料」の問題です。カツオブシムシやイガの幼虫の主食は、ウールやシルクなどに含まれる動物性タンパク質「ケラチン」です。しかし、彼らにとって、それ以上に抗いがたい魅力を持つのが、衣類に付着した「汚れ」です。一度でも袖を通した衣類には、私たちの目には見えなくても、必ず汗や皮脂、フケ、そして食べこぼしの微細なシミが付着しています。これらは、幼虫にとって、繊維という主食に添えられた、栄養満点で風味豊かな「ソース」や「調味料」のようなものなのです。この汚れがあることで、彼らの食欲は増進し、成長も早まります。驚くべきことに、彼らはこの汚れを食べるために、本来は食べないはずの綿や化学繊維の衣類にまで穴を開けてしまうことさえあるのです。「一度しか着ていないから大丈夫だろう」と、洗濯やクリーニングをせずに衣類をクローゼットにしまい込む行為。それは、虫たちに対して、「最高級のディナーをご用意しました。どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」と、招待状を送っているのと同じことなのです。衣替えの際には、全ての衣類を清潔にし、収納スペースの掃除を徹底する。この基本的なルールを守ることが、あなたのクローゼットを、彼らにとってのレストランから、不毛の砂漠へと変えるための、最も重要な鍵となります。