害虫の世界で古くから囁かれる、「一匹見たら百匹いると思え」という格言。これは、主にゴキブリに対して使われる言葉ですが、果たして、家の中でシミ(紙魚)を一匹見つけた場合にも、この恐ろしい法則は当てはまるのでしょうか。結論から言えば、その可能性は「極めて高い」と言わざるを得ません。もちろん、「百匹」という数字は、あくまで警鐘を鳴らすための比喩的な表現ですが、見えない場所に、あなたが目撃した一匹を遥かに上回る数の仲間が潜んでいると考えるべき、明確な理由が存在します。その理由は、シミの持つ優れた「繁殖力」と、驚異的なまでの「隠密性」にあります。まず、繁殖力についてです。シミのメスは、一度の産卵で数十個の卵を産み、それを生涯にわたって何度も繰り返します。卵は、家具の隙間や本の綴じ目、壁のひび割れといった、極めて見つけにくい場所に産み付けられます。そして、孵化した幼虫は、成虫とほぼ同じ姿をしており、脱皮を繰り返しながら、1~3年という長い時間をかけてゆっくりと成長していきます。彼らは非常に長寿であるため、一つの家の中で、親世代、子世代、孫世代が同時に共存し、気づかないうちに、そのコロニーはネズミ算式に増えていくのです。次に、そしてより重要なのが、彼らの隠密性です。シミは、光を極端に嫌い、人間の気配や物音に非常に敏感です。彼らの活動時間は、主に私たちが寝静まった深夜であり、昼間は、壁の裏や床下、本棚の奥の奥といった、絶対に安全な隠れ家から出てくることは、ほとんどありません。つまり、私たちが日常生活の中で、偶然にシミの姿を目撃するということは、よほど運が悪いか、あるいは、彼らの隠れ家がすでに飽和状態になり、餌を求めて、あるいは新たな住処を探して、危険を冒してまで表に出てこざるを得なくなった個体である可能性が高いのです。それは、水面下で進行していた静かなる侵略が、ついに隠しきれないレベルにまで達したことを示す、限界のサインなのです。あなたが目撃した一匹は、巨大な氷山の、水面から見えているほんの先端に過ぎません。その水面下には、あなたが想像する以上の、巨大なコロニーが静かに息づいている。その可能性を、決して軽視してはいけません。