「シミが一匹いたら」という状況の深刻さを理解するためには、まず、この奇妙な隣人「シミ(紙魚)」が、一体どのような生き物なのか、その正体と生態を詳しく知る必要があります。彼らは、実は三億年以上も前から地球上に存在し、ほとんど姿を変えていない「生きた化石」とも呼ばれる、非常に原始的な昆虫です。その悠久の歴史の中で、彼らは人間の住居という特殊な環境に完璧に適応し、私たちのすぐそばで、その命を繋いできたのです。シミの最大の特徴は、その食性にあります。彼らの大好物は、炭水化物、特に「デンプン質」や「セルロース」です。これが、彼らが人間の家を好む最大の理由です。具体的には、本の製本に使われる糊や、ページそのものである紙、壁紙を貼るための接着剤、そして衣類に付着した食べこぼしのシミや、綿、レーヨンといった植物性の繊維などが、彼らにとっての最高のごちそうとなります。しかし、彼らの食欲はそれだけにとどまりません。驚くべきことに、ホコリの中に含まれる人間のフケや抜け毛、他の昆虫の死骸、そしてカビまで、非常に広範囲の有機物を食べて生き延びることができます。つまり、人間が生活しているだけで、彼らにとっての餌は、家の至る所に自然と供給されることになるのです。次に、彼らが好む環境です。シミは、光を極端に嫌い、暖かく(20~30度)、そして湿度の高い(70%以上)場所をこよなく愛します。これは、日本の住宅、特に気密性が高く、換気の悪い押し入れやクローゼット、あるいは水回りの周辺の環境と、見事に一致します。さらに、彼らは非常に長寿で、環境さえ良ければ7~8年も生き続けると言われ、その間に何度も産卵を繰り返します。飢餓にも強く、何も食べなくても一年近く生存できるという、驚異的な生命力も持っています。豊富な餌、快適な温湿度、そして安全な隠れ家。あなたの家は、知らず知らずのうちに、この古代からの侵入者にとって、何世代にもわたって暮らせる、五つ星の楽園を提供してしまっているのかもしれないのです。
シミの生態、なぜ彼らはあなたの家に棲みつくのか