ある日の夜、本棚の奥で、あるいは静かな洗面所の隅で、銀色に光る、魚のような形をした奇妙な虫が、素早く走り去っていくのを目撃したとします。その正体は、古くから家屋に棲みつき、紙や布を食害する害虫「シミ(紙魚)」です。多くの人は、その一匹を慌てて退治し、「これで一安心」と胸をなでおろすかもしれません。しかし、その安堵は、極めて危険な油断です。「シミ(紙魚)が一匹いたら、その背後には見えない大群が潜んでいる」という事実は、害虫駆除の世界では常識であり、あなたの家が静かなる侵略に晒されていることを示す、紛れもない危険信号なのです。なぜ、たった一匹の発見が、それほどまでに深刻な意味を持つのでしょうか。その理由は、シミの持つ特異な生態にあります。彼らは極端に光を嫌い、人間の目を避けるように、壁の裏や家具の隙間、本棚の奥といった、暗く湿った場所に潜んで生活しています。つまり、私たちが偶然に目撃する一匹は、巣から餌を探しに出てきた斥候か、あるいは、その隠れ家がすでに飽和状態になり、溢れ出てきた個体である可能性が非常に高いのです。その一匹の背後には、同じように暗がりを好む、何十匹もの仲間や、まだ孵化していない無数の卵が、あなたの家のどこかに確実に存在していると考えなければなりません。シミは、ゴキブリのように病原菌を媒介するわけではありません。しかし、あなたの大切な本や、思い出のアルバム、高級な衣類を、静かに、しかし確実に蝕んでいく、文化財の天敵とも言える存在です。その被害は、気づいた時には取り返しのつかない状態になっていることも少なくありません。シミが一匹いたら、それは単なる虫の出現ではありません。あなたの家の湿度管理や清掃状況に問題があることを、彼らがその身をもって教えてくれているのです。その小さな警告を真摯に受け止め、家全体の環境を見直すための、大掛かりな調査と対策を開始するゴングが鳴ったのだと、心得るべきなのです。